見出し画像

【築150年の古民家をDIYリフォーム】木曽町地域おこし協力隊 寺内健さん②

どのような経緯で空き家に住むことを決意しましたか?

木曽町へ移住したいという思いから、さて住まいはどうするか?という課題に対し、当初はログハウスを新たに建築したいという考えで、住宅展示場などにも行きました。と同時に、木曽町に実際に行き空き家がたくさんあることを知り、空き家も見学していました。そんな中、住まいという一つのことだけでなく、「生活していく」という全体の事をとらえて考えるようになりました。妻から、「ここで生活していくのだから、地域に馴染むことが大切だと思う、新たな土地に真新しいログハウスを莫大なお金をかけて建てるのは地域の人から見たらどうかな・・・」という意見がありました。確かに、この地域には、昔から大切にしてこられた昔ながらの形式(大屋根)の家が多い中、東京からの移住者が新築して住むことに私も少し抵抗を感じ始めたのです。
そして、あらためて空き家を探していると、残していきたいと思える古民家の多くが空き家となっていて、このまま朽ちていくのを待っているかのように感じたのです。
私もこの地域に移住し、そんな空き家を存続することができたら幸せなことなのではと思い、空き家の中でも特に築年数の古い空き家に住む決意をしたのです。

木曽町地域おこし協力隊の寺内健さん(左)と奥様の美加さん

空き家を見つけるために利用した手段やサービスについて教えてください

まずは、木曽町の空き家バンクサイトや移住サポートセンター、東京では有楽町にある「ふるさと回帰センター」に何度か通って相談にのっていただきました。
 毎年、登山に訪れていたので、そのたびに木曽町に宿泊し、地域の方々に声をかけ、「空き家はないですか」「移住をしたいと思っているのですが」と、話しかけていました。その中で、「この人に聞いてみるといいよ」「移住サポートセンターに問い合わせたらいいよ」とか、実際に車に乗せていただき、知っている空き家を何件も回ってくれる旅館の女将さんもいました。
結局は、そんな地域の方のおかげで、直接地域の方から空き家を紹介していただきました。

入居前の空き家の状態や実施した修繕、リフォームの内容について教えてください

約20年間空き家となっていましたが、持ち主の方が地域に住む方に管理を委託し手入れをしていたおかげで、思ったより傷んでいるところは少ない状態で、内部に残置物もほぼない状態でした。
ただ、建てられたのが明治時代であり、木の雨戸と障子戸のみの部屋ばかりでガラス戸やもちろんサッシなどもなく、隙間風だらけでした。2階の天井の隙間のあらゆる箇所からほこりや煤が日々落ちてくる状態で、まずは天井裏の大清掃からスタートしました。
水回りや電気工事は、工務店にお願いして施工していただきましたが、それ以外はⅮIYでやろうと思いましたが何しろ素人。そこで、重要な個所は地域の大工さんに頼み、大工さんと二人で教えてもらいながら改修していきました。
基本は、明治時代に建てられた状態に戻す!というコンセプトに基づき、昭和になって造作された天井や床、壁などは解体していきました。そんな改修の毎日を続ける中、「長野県共創人口構築事業」に採択していただき、6日間延べ200名以上が集ったDIYイベントを開催することができ、古民家デザイン講座から、土間づくり、土壁づくり、庭の池の復活DIYなど、一気に改修が進みました。その一環として、日本画家による墨絵のライブパフォーマンスにより、襖に素晴らしい日本画(相撲絵)を描いていただき、古民家らしさが倍増しました。
とはいえ、改修に終わりなし!ということで、今は少しづつではありますが、改修は継続しています。

襖に描かれた迫力の相撲絵
床下に潜り込む寺内さん

空き家を活用した際の支援制度を教えてください

木曽町のホームページで情報を入手しました。
また、移住サポートセンターの担当者からも情報を頂きました。

木曽町のサイトで、条件や申請様式がアップされているので、それに従って記載していきました。
実際には、事前申請のような形で役場に連絡し、申請書を作成し提出しました。私の場合は、工務店と大工さんにお任せした施工部分が補助金対象であり、見積もりの依頼、施工開始、施工完了と段階を経て、工事完了の届を提出しました。
事前に役場に補助金の申請希望をお伝えしていたこともあり、スムーズに処理していただき、また、不明な点は快く教えていただき、労力があった認識はなかったです。

空き家暮らしを始めてからの日常生活の変化や感じたことを教えてください(空き家暮らしをしている中での喜びや楽しい経験など)

私の住む家は、約20年間空き家でしたが、それ以前はこの町(当時は村)の村議会議員がご夫婦で住んでいました。さらに向かいにある本家は、長野県の文化財として県宝に指定されている住宅で、木曽馬の馬医などをしていた大馬主で大変な財力を持った家でした。ですので、この地域では「本家」と「しんや(分家という意味で)」として名が通っている住宅でした。私がⅮIYで改修作業をしていると、「ようやってくれてありがとう!朽ちていくと諦めていたこの家がだんだん凄くなっていくのが嬉しいよ。」と声をかけてくれる方が多く、自分の家でありながら、地域みんなの家という意識が芽生え始め、改修に熱が入っていきました。
 ただ、毎日改修ばかりをしているわけにもいきません。仕事にも行かなければ生活はできませんので、移住当初は、出勤前と帰宅後寝るまでの間と休日には改修をするといった過酷な日々でした。
 木曽町開田高原は、冬は全国で寒さトップを争う地域であり、冬までに断熱をしなければ!というプレッシャーに襲われていました(笑)ので、余計に焦っていたのかもしれません。

寺内さん宅の道向かいにある「長野県宝 山下家住宅」(本家)
寺内さん宅は「山下しんや(分家)」とも呼ばれます。

空き家暮らしで困ったこと、苦労したことについて教えてください

やはり、冬の寒さです。よく昔の人はこの状況で住んでいたな、と感心します。囲炉裏のあった家なので、煙が抜けるような隙間の多い構造、部屋の開口部は障子と木戸のみ。台所にわずかにある薄いガラス戸の隙間からは雪が入ってきて、帰宅したらキッチンに雪が積もっていることもあります(進行形)。
水回りは電熱線を外の水道管に巻き付けていますが、隙間だらけの古民家なので、家の中の水道管や蛇口先端までが凍結します。寒い朝は家の中がマイナス15度ですからね~。
ただ、疲弊してしまうようなことではなく、それをも楽しみながら生活しています。

開田の冬はマイナス20度を下回ることもある寒冷地です。

地域の人々との交流や関係性の構築について大切だと感じることを教えてください

「遠慮せず頼る」ということです。
私は50歳を機に移住しましたが、この地域では「若い人が来た」という表現をされます。確かに皆年上の方ばかり…ですのでなおさら「頼る」ことがスムーズにできているのかもしれませんが、遠慮せずに。わからないことは聞く、困ったことがあれば相談してみる。そうすると驚くほど助けてくれます。例えば、「1年目なので乾燥した薪がない」というと、知らないうちに家の前に沢山の薪が置かれていたり、「畑をやろうかな」と呟いていたら、重機で耕しに来てくれたり。勿論田舎あるあるの玄関前に野菜が置かれているのは当たり前…。
次に大切なことは、「力まない」ことだと思います。
移住してこうしよう!頑張ってこんなことを実現しよう!という思いは大切ですが、それに執着しすぎるとうまくいかないのでは、と考えます。考えてみてください、昔から生活してきた地域の中に、まったく違う生活をしてきた者が来て、「これもやりたい!あれも実現したい!」と言ってもなかなかうまくはいきません。それよりもまずは、地域を知ることが優先で、その中で何ができるのか、自分のやりたいことが実現可能かを模索しながら生活していく方がよいと考えます。
また、地域の行事も重要です。半強制的に行事に参加させられるのを覚悟していた私は、「移住して間もないから、まだ参加しなくてもいいよ。」と言われ、面食らいました。しかし、もっと地域の方を知りたいという思いで、移住半年で、伍長(組長)をやりたいと立候補してやらせてもらったことが、早く地域に馴染めた要因のひとつです。

今後も空き家での生活を続けたいか、その理由について教えてください

部屋数が9部屋もある家に夫婦で住んでおり、ここを宿泊施設にして私たちは別の家に住もうか、なんていう話も出たこともあります。けれど、この家に住みたくて購入したのに、私たちが出ていくのは本末転倒だ、という結論に至りました。
この家に来て、この家の恩恵を実感しており、ただ住むだけの家ではなく、今後色々な形で広がりのある、可能性の大きい家だと感じているので、ここで生活していきます。
また、空き家の改修で得た知識や技術を他の空き家解消のために生かすことができればとも思っています。

歴史を感じる室内

地域の魅力について教えてください

“人”です。ここ木曽町開田高原は、木曽馬とともに暮らしてきた地域です。木曽馬は主に女性によって育てられ、それ故か優しく温厚な性格の馬が多いです。そんな木曽馬と共に生活してきた方々からなのか、同じく優しく温厚な方が多い地域です。
移住して近隣の皆さんに挨拶に伺う際、「よそ者か、まあやるだけやってみろ。」なんて言葉を言われるのは当然にあるだろうという覚悟をしていました。しかし、どの家に伺っても言われるのは、「来てくれてありがとう!あの朽ちていくだろうと思っていた家に灯りがともるなんて」とか、「若い人(50歳過ぎても?!)が来てくれるのは嬉しい」など歓迎されました。
約1200mの標高に我が家はあり、夏は涼しい風が吹き、青い空、夜には満天の星に囲まれる生活は心にも優しいこの地域の魅力です。反面冬は極端に寒いですが、その寒さ故の春の訪れの嬉しさもまた魅力のひとつです。

開田高原には日本古来の在来馬「木曽馬」が生息しています。

空き家暮らしを検討中の方に向けてアドバイスやメッセージをお願いします。

空き家といっても様々です。一番はそこに住んでいた方の思いを感じることが大切ではないかと思います。どう感じるのか?それは持ち主(住んでいた方)と直接お話ししてこれまでの暮らしのこと、家に対する思いを聞いてみることだと思います。私たちのように、すでに何十年も空き家で接することが叶わない場合には、近隣の方々に聞いて回ることも一つです。そのうえで、間取りや位置関係、修繕必要箇所などを把握して判断してみてはいかがでしょうか。
最後は、インスピレーションです!自分の感覚を研ぎ澄まして、「あ。ここかな」という物件に出会えたら、その感覚に素直に従ってみてはと思います。
新築よりも安価に家を購入できるからという理由も大切ですが、その空き家のことが好きかどうか、ということも重要だと思います。

古民家「山下しんや」の佇まい

「長野県共創人口構築事業」DIYイベントの様子


長野県木曽町 【暮らしのnote】
人気記事のご紹介!